寝台列車の旅 『北斗星』①

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※当日はカシオペア用の “釜” が流用されていた。

ここ数年の寝台列車の中で、いわゆる“ブルートレイン”と呼ばれる列車の運命ですが、2009年「富士・はやぶさ」→2010年「北陸」→2012年「日本海」→2014年「あけぼの」 と次々に定期運行が廃止され、2015年3月についに「北斗星」が定期運行廃止となり“ブルートレイン”は実質消滅しました。


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1958年の「あさかぜ」に始まり2015年の「北斗星」廃止で約60年弱の“ブルートレイン”の歴史に幕を閉じました。最盛期と言われる1975年~1978年には19系統、29往復もあったそうです。※583系などの寝台電車は除きます。



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私は昔から鉄道に興味はありましたが、寝台列車にはそれほど関心はなかったのです。もっと古いSLか新幹線が好きだったのかな。でも小学生の頃、友達には凄いマニアがいて当時の寝台列車&青函連絡船を使って北海道へ行った事の話をするわけです。一人で行ったんじゃないだろうけど、それ以外にもいろいろな鉄道の写真を見せたり語ったりしてくるんです。「へ~」とか「すごいね~」ぐらいにしか最初は感じませんでした。

それでも自分自身が大きくなって来ると・・・寝て起きたら見知らぬ土地にたどり着いている・・・旅のロマンを感じ?段々乗りたくなってきます。しかし、寝台列車に乗りたいとは思っていても若い時は金がなくて行けない、社会人になってからはお金はあっても暇がなくて行けない。という相反する状況。でもかなり遅くなってから、何とか休みを繋げてやっと行くことができました。






「北斗星」は上野⇔札幌を約16時間かけて行きます。
私が乗車したのは2007年でもう9年も前のこと。この時は「北斗星」が一日2往復あり下り上野→札幌の「北斗星3号」に乗車しました。“一車両まるまるサロンカー”が連結されたJR東日本編成のものです。その後「北斗星」は一日1往復だけのJR東とJR北海道の混成編成になり、サロンカーは車両の半分だけのJR北海道のものが残ったんですよね?



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初めての寝台列車。寝るのはもったいないのと正直言うと寝れません。寝台列車は慣れないと寝られないのです。余程疲れているか酒飲んで酔っ払ってでもいないと・・。でも窓の外を見ても夜だから殆ど景色も何も見えません。

とりあえず車内探訪でもしますか・・・車両の端から端まで行くには食堂車のど真ん中を突っ切らなければなりません。食堂車に通りぬけ用の通路はありません。既にもう営業時間外なので食堂車の従業員の方たちが、食堂車の片隅に集まって遅い夕食を摂られていました。


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A寝台やB寝台の個室は満室なのですが普通のB寝台(二段)の車両はガラガラで当時人気の北斗星でもこれなら、他の寝台列車がどうなのか想像できます。新幹線網の発達と航空機の低価格化に押されて行ったんです。


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青森駅で方向転換と電気機関車をEF81からED79に交換し、やがて青函トンネルへ入ります。トンネル内はつなぎ目の無いロングレール化されているので、ガタゴト言わなくなります。「ゴーッ!」と唸るような走行音がするだけ。やがて、朝の6時過ぎに函館に到着します。ここでは再び列車の方向転換とこの先非電化区間も走るので、電気機関車からディーゼル機関車に付け替えます。


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