連合艦隊司令長官 山本五十六 元帥海軍大将【前編】

五十六銅像 1.jpg
山本記念公園にて



今回、ゴールデンウィークを利用し連合艦隊司令長官 山本五十六 海軍大将に関する記念館を訪ねるため、新潟県長岡市に行ってきました。訪れたのは ① 山本五十六記念館②山本記念公園③如是蔵(にょぜぞう)博物館 の3箇所です。※前編、後編に分かれます。


長岡駅周辺地図.jpg
3箇所の位置関係、JR長岡駅を中心としていずれも徒歩可能圏内です。


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【 ①山本五十六記念館 】

山本五十六記念館 1.JPG
館正面の駐車場は6台分、他に臨時駐車場もあるらしいです。


山本五十六記念館 3.jpg
館内は撮影禁止、記念館HPにあるパノラマビューから画像を切り取り貼り付ける。

長官が実際に座っていた一式陸攻の座席あり(写真右)、これは想像を掻き立てますね。。また撃墜された一式陸上攻撃機、護衛の零戦、撃墜した米陸軍機 P-38ライトニング の模型(1/48)が展示されています。航空機マニアとしては護衛の6機の零戦(全機生還)は22型と32型の混成だったことに注目してしまいましたw 翼端を切り落とした32型はスピード・上昇力は向上したが、燃料タンク容量削減により航続距離が落ちてしまい、また空力上も問題あり、翼を元に戻したのが22型なんですよね。


山本五十六記念館 2.jpg


山本五十六記念館 表.jpg
パンフレット 表

山本五十六記念館 裏.jpg
パンフレット 裏

山本五十六記念館は五十六がその家族、恩師、友人たちとの手紙の展示が主体で、その人となりを知ってもらうことが主な目的であると感じました。

( 私見 )
おそらく山本五十六は定説であるP-38の機銃掃射で戦死したのではなく、発見時の遺体の状態・発見者の証言などから、墜落時の衝撃による死亡か墜落時は生存しており自決したのではないか?と思っています。細かいことは長くなるので書きませんが、P-38の機銃弾は20mmか12.7mm。拳銃弾とは威力が違います、そんな物が頭部や上半身に当たったらどうなっていたか? 発見時の状態でいられる筈がありません。


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【 ②山本記念公園 】

公園入口.JPG
公園入口


五十六銅像2.JPG
昭和23年、霞ヶ浦の湖底から引き揚げられたものをブロンズ像に鋳直(いなお)した胸像


五十六生家1.JPG
生家(復元)


五十六生家2.JPG
玄関


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台所


五十六生家3.JPG
一階、「常在戦場」の額あり


五十六生家5.JPG
非常に急な階段


五十六生家4.JPG
二階の山本五十六の勉強部屋、2帖と狭いのがむしろ集中できそう

山本記念公園はかつての生家・高野家があった地に整備された公園。園内には五十六の生家(復元)と胸像が建造されています。この場所にあった本物の生家は昭和20年8月、太平洋戦争末期に米軍による大空襲で焼失しました。こじんまりとした公園です、生家は当時としては標準的な大きさだったのでしょうか? 一階3部屋、二階2部屋だったと思います。階段はかなり急で梯子を上るような感覚です。また2階の天井は低く、身長170cmもあれば頭がぶつかると思います。

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五十六生家6.JPG






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